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医師 日暮 浩実

 昨年、日本国内では日本脳炎ワクチンを積極的には勧めないということになりました。実際の患者数が数名という状態にもかかわらず、予防接種による重大な副作用がでたのでこうした措置になったわけです。確かに、実際にそうした副作用にあわれた方、ご家族の方々の胸中は察するに余りあります。日本では予防接種法により健康被害にあわれた方には様々な保障はあるというものの、後遺症自体を治せるものではありません。

 ところで、この予防接種はそんなに悪い面ばかりだったのでしょうか?この予防接種が導入された今から約40年前は、年に2000人の患者さんが出て、1/3が死亡、1/3が重い後遺症を残し、正常に治癒できた人は1/3しかいないという恐ろしい状態でした。それが、予防接種を小児期のうちに5回受けること(すると日本全体では過去40年にわたり、年に数百万人がこの予防接種を受けたことになります)、その他、環境浄化などにより患者数が現在のように減ったのです。しかしながら、日本からこのウイルスがいなくなったわけではありません。日本脳炎ウイルスは蚊によって媒介され、豚で増えることがわかっていますが、豚の血液を調べると80%以上の豚が1歳までに感染を受けていることがわかっています。つまり、ウイルスを持った蚊はたくさんいるということです。ウイルスがなくなったわけではありません。私たちは免疫の力で守られているということなのです。そして病気にならずにその免疫を作った元は予防接種なのです。いかに多くの人がこの予防接種で救われたかお分かりになるかと思います。

 予防接種による事故はゼロにすることは不可能です。ただ、重篤な事故が起こる確率は非常に低いものです。重篤な事故の起こる確率は大体0.0001%程度です。この数字を聞いた皆さんはどう思われたでしょうか?ほとんどゼロに近い数字で、無視できると思われたでしょうか。0.0001%は100万分の1です。予防接種を年に数百万の人が受けるとすると、数人はこうした事故にあうことになる数字なのです。御自身がこの数人にならないという保障はありません。こう考えると0.0001%といえど無視できないことになります。

 しかしながら、反対に99.9999%の人は恩恵を受け、病気にならないか、なっても軽くすむことになるということになります。注射はこの功罪双方を天秤にかけて打つものだと思います。

 実際には注射の事故の危険よりも、感染の機会のある地域に予防接種なしでいることの方がずっと危険なことなのではないかと思います。

 昨年、シンガポールではデング熱が史上最大の流行を見せました。患者数は14210人(死者19人)でした。シンガポールの居住者は約420万人とされていますから、これはシンガポールに住んでいる人の約0.3%が発症した計算になります。実際には感染しても発症しない人がいますので感染者の数はこの10倍程度になるかと思います。デング熱には予防接種がないため、国を挙げてキャンペーンを行い、蚊の発生源をたたき、発生源を作った人には罰金まで科してようやくこの数に押さえ込んだというのが現状です。皆が注意しても予防接種がなければこれだけたくさんの患者さんが出てしまうのです。

 また、予防接種を打たない人の数が増えると、患者さんの数が増えます。伝染病は自身だけの問題ではなく、集団として、社会としての問題になります。ある伝染病が流行した時、公衆衛生行政にも責任はあるでしょう。しかし、伝染病が流行するのは免疫を持たない人が多くいるからなのです。皆が免疫を獲得していれば病気は流行しません。私たちは病気にならずして、免疫を獲得する方法、伝染病を伝染病にしない手段を持っています。それが予防接種なのです。

僅かですが危険はあることを十分に理解していただいた上で必要なワクチンを受けていただければ幸いです。

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●筆者紹介(ひぐらし・ひろみ)

千葉大学医学部卒、日本医師会認定産業医、日本内科学会

日本呼吸器学会、日本結核病学会、日本宇宙航空環境医学会所属