
医師 日暮 浩実
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シンガポールではインフルエンザの流行る時期が年に2回あります。ひとつは北半球の冬に当たる12月から2月にかけてで、もうひとつは南半球の冬に当たる5月か ら7月にかけてです。 2002年は5月から6月にかけての患者さんが年末年始の時期と比べて多かったのですが、2003年は日本と同じように年末年始にかけての患者さんが目立ちました。(2004年は未発表) 今年は、5月から患者さんが出始め、7月の半ばぐらいまで大きく流行し、診断キットや治療薬まで一時枯渇した施設もあったようです。日本でも南国の沖縄県で6月末から流行があり、7月半ばには1週間で800人以上の患者さんが見られた週もありました。ただ、なぜ夏場に流行が拡大したのか原因は不明です。 |
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さて、今回はインフルエンザについて少し細かく見てみましょう。 イ ンフルエンザはいわゆる風邪症候群の原因ウイルスのひとつのインフルエンザウイルスにより引き起こされます。このウイルスの大きさは100ナノメートル。1万分の1ミリメートルです。空気中に放出されたインフルエンザウイルスは湿度が低いところほどいごこちがよいため、乾燥する冬場に感染が広がりやすいのです。湿度が高いところほど早く活力を失います。実はシンガポールのような高温多湿地帯ではウイルスは6時間以内にほとんど活力を失うはずなのです。にもかかわらず流行が起こったのは閉めきられた人口的な室内環境がひとつの要因ではないかと考えらます。流行は人間がお膳立てしたということでしょうか?なんとも皮肉な話ですが、実はこれは人間が昔から繰り返してきたことなのです。かつて日本の国民病といわれた結核が広まったのも都市に人が集中した明治時代からですし、中世ヨーロッパで人口の1/4を殺したペストは蚤だけでなく感染者の咳からも伝染するため、人々は都市から少しでも人がまばらな田舎に逃げたのです。万有引力の発見で有名なニュートンもロンドンで流行ったペストから逃れるため、田舎に引っ込んでいたところ、りんごが木から落ちるのを見たわけです。自然はきっかけを作っただけで、成り行きを決めたのは実は人間なのです。おっと話が脱線しました。 |
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さて、このウイルスはどうやって人に取り付くので しょうか? このウイルスは表面に2種類のとげを持っています。ウイルスなどの異物は、多くは鼻毛やのどの粘液などに妨げられてヒトの細胞には達しません。人間は、抗体や免疫担当細胞という自衛の武器を持っているので、そう簡単にはウイルスの侵入を許しません。ところが、疲労などで、免疫力が落ちていたり、傷があったり、ウイルスが大量に物量作戦で攻めてくると防御しきれなくなります。ヒトののどの細胞にはウイルスのもつとげの構造を変える物質(酵素)があり、このとげの構造が変化するとウイルスはヒトの細胞に入りこむことができ、感染が成立します。あれ?何で人はそんな酵素を持っているの?ウイルスの侵入の手助けをわざわざするなんて!と思えます。もちろん、ヒトはそんな手助けをするつもりはないのです。もともと自分の体に勝手に入ってきた物質はヒトにとっては異物であり、排除するか壊してしまおうというのが有効な防御手段です。ウイルスはこれを逆手にとり、とげといういわばおとりをウイルスの表面にちらつかせ、いみじくもこれをヒト細胞に壊させることでヒト細胞への侵入手段としたのでした。なかなか頭がいいというか、お見事というほかありません。 さて、一度ヒト細胞に入ったら、ウイルスはそれまで着ていた衣(膜)を脱ぎ捨て、遺伝物質をヒト細胞の遺伝子増幅装置にもぐりこませ、勝手に命令を出し、自身の分身を作らせます。(この辺は6月号でも少しお話しました)ひさしから勝手に入って母屋をとるふとどきものです。各部品が(ウイルス自身の構成部分)ができあがると、ヒト細胞の細胞膜の近くで再集合して、また立派な(?)ウイルスとなって外へ出て行く準備をします。 外へ出るにはウイルスのもつもうひとつのとげが大きな意味を持つのですが、結果的にこの働きを妨げるのが抗インフルエンザ薬のタミフルやリレンザなのです。この薬はウイルスを破壊するものではありません。ウイルスが外へ出るのを妨げるのです。外へ出られなければウイルスとて怖くないのです。ウイルスが外へ出てしまうと次々に他の細胞に感染、増殖し、1サイクル8時間で100倍、24時間では3サイクルで100×100×100で100万倍に増え、高熱が出てきます。抗インフルエンザ薬が症状を発現してから48時間以内に飲んだほうがいいというのはこのためです。 |
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さて、鳥インフルエンザというのが世間を騒がせ、今年7月27日までで世界(ほとんどは東南アジア)で109名の感染があり、うち55名が死亡しています。今回の鳥型インフルエンザは強毒型で鳥は100%近く死亡してしまいます。これは、先に申し上げたような蛋白分解酵素を鳥では全身の細胞が持っているため、炎症が気道だけにとどまらず、全身に起こってしまうからだと考えられています。種の壁があるため、幸い人への感染はごく限られていますが、注意が必要です。 豚はヒト型、鳥型両方のウイルスに感染するので、たまたま同時に感染すると遺伝子が混ぜ合わされ新種のインフルエンザウイルスができることがあります。こうなると人類は誰もそれに対する抗体という免疫の武器を持っていないため、大流行ということになります。1918 年のスペイン風邪、1957年のアジア風邪、1968年の香港風邪などはその例です。 実はこれはヒトでも起こりえることなのです。例えばある人がヒトのインフルエンザウイルスにかかっている時に、かかりにくいとはいうものの、偶然鳥のインフルエンザにかかると、遺伝子が混ぜ合わされて、今まで鳥にしかかからなかったウイルスが種の壁を越えてヒトへの感染性を持つようになる可能性があるのです。ですから遺伝子が混ぜ合わされるきっかけとなることを避けること、つまり、ヒトはヒトのインフルエンザにかからないようにすることが肝要なのです。(SARSの時にもインフルエンザの予防接種が勧められましたが、これは診断を容易にするためという意味合いが強かったと思います) インフルエンザは毎年少しずつ変化するため、予防接種は毎年打つ必要があります。シンガポールでは年にもよりますが、2度打っても無駄ではないでしょう。今までウイルスの攻撃にさらされた期間が短い小児は、抗体という体を守る免疫物質の量や種類が少ないので1シー ズン2回打ちが勧められます。年にシーズンが2回あると合計4回になってしまうので、実際にはそこまでは行われてはいないようですが。 予防接種の副作用は軽微なものから重症なものまであります。この5月末、重篤な副作用がでたということで日本では日本脳炎の予防接種が積極的勧奨からはずされましたが、実は同じような副作用はインフルエンザワクチンにも同様な確率(数百万件に一件)であります。日本脳炎は日本では年に数人の患者さんしか出ませんが、インフルエンザの患者さんは日本では毎年数百万人、シンガポールでも数十万人に達し、インフルエンザに実際にかかったことが直接的・間接的理由になって死亡に至るケースが、日本では毎年数百人から千数百人、シンガポールでも同様な率で発生するため実際にかかることのほうがずっと怖いのです。 |
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今年も、ご家族皆さんでインフルエンザの予防接種をいたしましょう。 |
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千葉大学医学部卒、日本医師会認定産業医、日本内科学会
日本呼吸器学会、日本結核病学会、日本宇宙航空環境医学会所属